2020/ 05/ 17 (日)

裸の王様・安倍首相が緊急事態に「映えない」理由~側近は誰も諌めない

より

5/15(金) 7:01配信

「本当の危機」には弱い…
 新型コロナウィルス(COVID-19)のパンデミックは留まることを知らない。世界全体で感染者数が400万人を突破し、死亡者は29万人を超えた。最も深刻なのはアメリカで、これまでに8万4000人超が死亡している(5月14日現在)。また、スペイン、イタリア、イギリス、フランスなどの欧州諸国、イランやトルコなど中近東の国々がこれに続いている。
 そうした世界の国々と比べると、感染者数も死亡者数も、日本は「かなり持ちこたえている」という印象を受ける。しかし、だからと言って、それが「政治の力によって実現されている」とは捉えられてない。米ニューヨークでは、世界で最も多い死亡者が出ているにもかかわらず、対策の陣頭指揮をとるアンドリュー・クオモ州知事の人気はトランプ大統領を凌ぐ勢いだ。一方、安倍政権の支持率はほぼ横ばい。コロナの前後で大きな変化はない。
 それにしても同じ緊急事態なのに、なぜ安倍首相は世界各国のリーダーたちと比べて「映えない」のだろうか。実際、永田町ではこんな声が与野党の議員から漏れ聞こえる。
 「日頃から『国難突破解散』だとか『緊急事態条項』だとか危機を煽っているのに、本当の危機には強くない」(野党幹部)
 「世間的には独裁的で強権なイメージがあるが、こだわっているのは憲法改正だけ。記者会見を見ていても、よっぽど東京の小池さん(小池百合子都知事)の方が積極的で、政治パフォーマンスも長けている」(自民党中堅議員)
 振り返ってみると、新型コロナウィルスの日本上陸以降、最も印象に残っているのは、あの「アベノマスク」だ。これを安倍首相本人がぶち上げたのが4月1日。それから1ヶ月半が経とうとしている。5月14日現在、47都道府県のうち配布が開始されたのは12都道府県。配布が始まったとされる東京でも、一部地域を除いていまだにマスクは届いていない。
 また、配布開始後に発覚した品質への疑念、マスク調達のために厚労省が随意契約した会社が、誰の目にも怪しすぎる点など、ツッコミどころ満載だ。
 自粛要請を発表した直後、ミュージシャン・星野源さんの「うちで踊ろう」と一方的に「コラボレーション」して投稿された「お寛ぎ動画」も、動画のセンスが無さすぎで失笑をかった。
苦言を呈する人がいない
 なぜ、少し考えれば国民感情とは乖離していることが分かる失態を繰り返すのだろうか。かつて別の首相を支える立場で働いた経験のある元自民党議員は、7年間も政権のトップの座に就く安倍首相、側近の官僚に対し、不都合なことを「進言」できる人間がいないからだと分析する。
 「安倍さんは、料理(政策の中身)そのものには関心がない。出されたものをなんとなく食べるだけ。料理を作るのは官邸官僚。彼らは優秀なので、基本的に作るものは見栄えがするし、味もそこそこ、おいしい。しかし、明らかにチョイスが間違っている場合もある。それを改める構造的な機能が官邸内にはないのです。
 官邸で行われる総理レクには、大勢の官僚が出席するが、何か言おうものなら批判と受け取られ、マークされ出世コースから外される。そんなリスクを冒してまで政策を正そうとする人は誰もいません」
 安倍首相の弱点は人心を揺さぶる言葉を持っていない点にあると、この元自民党議員は指摘する。
 「この非常事態を受けて、どのように国の舵取りにするのか。総理の意思が国民に全く伝わっていない。だから平気で『人と人との絆の力があれば、目に見えないウイルスへの恐怖や不安な気持ちに必ずや打ち勝つことができる』などと官僚が作ったポエムを読んでしまう。
 プロンプターで原稿を読むのが問題なのではなく、具体的にこの危機をどう乗り越えるのか。総理本人の気持ちの入った言葉がどこを探しても見当たらないから批判される。国民との間にコミュニケーションが成立していないし、むしろ、積極的にコミュニケーションしようと思っていないとしか思えません」
検査基準をめぐる混乱
 この国のトップの姿勢はコロナウィルスと最前線で対峙する医療、公衆衛生の現場をも混乱させている。
 その最たるものが5月8日、加藤勝信厚生労働大臣の発言だろう。これまで、各地の帰国者、帰国者・接触者相談センターでは風邪の症状に加えて「37.5℃以上の発熱が4日以上続いている」ことが、PCR検査を受ける目安だった。事実、同省が自治体の公衆衛生関係者に出した2月17日付けの文書では、コロナの疑い例とする条件の一つとして「発熱(37.5 度以上)かつ呼吸器症状を有している」を挙げている。
 しかし、加藤大臣は「これらは相談や診療を受ける側の基準ではない」とし、「われわれから見れば誤解だ」と、これまでの厚労省の方針を180度、翻したのだ。厚生労働委員会で、政府のコロナ対策を追求してきた立憲民主党の小川淳也・衆議院議員は、政府の事実上の方針転換は、国内外の「PCR検査の絶対数が足りない」という批判に政府が耐えられなくなったからと分析する。
 これまで、この「37.5度」という数字は、検査数を抑制するフィルターとして機能してきたことは、筆者も4月25日付けの本欄で指摘した。
 小川議員によると、加藤大臣らがそうまでして守ってきたのは国民の健康と命ではなく、平時に整えた秩序と体制の維持であり、官僚の体面と保身だったと憤慨する。
 「当初から検査が拡大した結果、陽性患者が病院に殺到し、医療崩壊が起きることを恐れたのです。それで検査を抑制した。百歩譲って、国が検査は必要だと方針を変えるのであれば、『我々から見たら誤解だ』なんて役人答弁ではなく、真摯に国民に謝罪するべき。検査を受ける前に重篤化し、死亡した人もいたわけですから。
 そして、この方針転換には、検査を所管する保健所への抜本的な拡充と、陽性患者を隔離させる施設の確保とセットでやらなければ意味はありません。兵站を整えなければ、そのしわ寄せは全て現場の保健所にのしかかってくるのは火を見るより明らかです」
 旧自治省(現総務省)出身の小川氏は、官僚組織において、長期間にわたって一方向への行動が積み重なると、非常事態であっても方向転換は難しいと語る。その原則がルーティンとして行動規範に染み付くからだ。その積み重なった前例という名の慣性力、抵抗力を壊す力は、現場が震え上がるほどのトップのリーダーシップしかないと経験から断言する。しかし、PCR検査の拡充一つとっても、現場には安倍首相の意思は伝わっていない。
責任を取らない首相
 自民党と連立を組む公明党のベテラン議員は、安倍首相が「映えない」理由を、ある局面を見て確信したと語る。それは、4月8日に行われた首相記者会見におけるイタリア人記者の質問の場面だった。
 「世界はロックダウンしているのに、日本がそうしないのは。一か八かの賭けだ。成功したら賞賛されるが、失敗したらどう責任を取るのか?」
 これに対して安倍首相は「最悪の事態が起きたら自分は責任を取ればいいというものではない」と、対策に失敗した場合、進退をかけて責任を取ると明言しなかった。
 「あれは失言に等しかった。海外であれば政治家生命が絶たれてもおかしくない。あの場面で、あらゆる批判は私が受ける。責任は最終的に私が取ると言い切れないと、自粛を強いられる国民は納得しないし、そう言えば支持率は上がったかもしれない。
 また、先日も国会でPCR検査が滞っている状態を批判され、『目詰まりしている』と返したが、これも当事者性に欠けている。目詰まりしているのであれば、総理という政治権力を振るってでも、目詰まりしないようにさせるのがトップの役割じゃないですか。それが言えないということは、どこかで自分の責任ではないと思っているからではないか」
 安倍首相の国会答弁を調べると、実は口癖のように「責任は私にある」と連発している。しかし、自らの進退に触れるという意味での「政治責任」を口にしたのは、ただの一度しかない。それが、3年前。森友事件で追求された時の「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」との発言だ。この時、関係省庁では末端の官僚まで震え上がった。そして、公文書改ざんが行われ、財務省職員が自殺に追い込まれた。
守りたいのは身内と自分
 今週、衆議院では「検察法改正案」が審議入りした。この法案が成立すれば、安倍政権に近い黒川弘務・東京高検・検事長の定年が延長され、近い将来、検事総長就任の可能性が浮上する。
 現在、検察と安倍政権は緊張関係にある。すでに捜査が始まり、起訴も近いと囁かれる「河合安里氏の公選法違反」事件や、安倍首相本人が告発されている「桜を見る会前夜祭の政治資金法違反」疑惑。過去にさかのぼれば、安倍政権に閣僚として仕えた議員の不祥事、疑惑は数知れない。前出の元自民党議員は、黒川氏の定年延長の問題は、あまりにもやり方が露骨だと嘆く。
 「結局、総理が守りたいものは自分と身内だと言っているのと同じ。与党の中にも、これはさすがにと思う人は相当数いる。また、国民にしてみれば、なぜ、安倍さんと、安倍さんのお友達だけが守られるのか、という特権階級への反発があるだろう」
 国際政治の世界には、「指導者は危機にこそ輝く」という言葉がある。非常事態は国のトップを映えさせる、壮大な舞台装置でもある。だからこそ、その最中の発言が、後に命取りになる可能性もある。当然ではあるが「世のため人のため」にと私欲を捨て、全力投球しているリーダーの言葉は極めて重く、そして私たちの胸を深く、そして強く叩くものだ。

カテゴリ

最近の記事: 10本